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あとでやります

おっさんのひとりごです。人生は死ぬまでの暇つぶしだと気づいた。ただ、一さいは過ぎてゆきます。何を言ってるのかわからないと思うけどオレもさっぱりわからない。

新光時計店をご存知か?

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ふざけたことばかり書いてないで、たまにはまじめな投稿もしますよ、これからは。

瀬戸内海の小さな島、広島県の大崎下島に150年以上続く時計店がある。新光時計店だ。創業時は米問屋をしていたが、米以外に食料品、雑貨、そして時計を扱いだしたのが1858年。当時は国産の時計がなかったので外国製を販売していた。

時計の国産化は大正時代の柱時計からであるらしい。そして昭和になり懐中時計が国産化され、本格的に販売修理をするようになった。

現在の店主は祖父から事業を引き継いで現在に至るが、その間、時計は手巻きから、自動巻き、電池時計と進化して行った。

小さな島の個人事業を引き継いだ現在の店主、松浦敬一氏は、大手の時計店に勝つにはどうしたらいいかを考えた。そして出した結論が「人にできないことをすればいい」だった。それは、どんな時計でも直す修理技術だった。いかに正確な時を刻むようにどんなに古い時計でもよみがえらせる技術であった。

「動かない時計を動かすだけなら難しくはない。いかに正確なときを刻むようにするかが難しい」と店主の松浦氏はいいます。

国産から外国製のすべてを修理するが、中にはメーカーがすでになくなっているものや、部品が製造されていない古いものが多くある。しかし、どうしても部品が手当てできない場合を除き、100%直すのだ。それがこの時計店のゆるぎない信頼となっている。

店主の松浦氏は、お客様が思い出を取り戻した喜びの姿が一番うれしいと言っています。お客様に喜んでもらうことが一番の幸せ。今では、全国から修理の注文がこの小さな島の時計店にくるのだ。

たぶん時計の修理にハマり倒して生きているんだろうな。直すことが難しければ難しいほどワクワクするような感覚で動かなくなった時計と向き合っているんだろうと思う。生きている限り続く楽しみが仕事になっている人だと思う。世の中には、思い出の時計が直しきれないだけ数多くあるだろうしね。

サラリーマンのオレからすれば、実にうらやましい仕事の人生だね。

オレなんか、また明日から月曜日だと思うと「早く定年になりたい~!」と妖怪人間ベムのような心の叫びを繰り返しているもんね。