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あとでやります

おっさんのひとりごです。ただ、一さいは過ぎてゆきます。何を言ってるのかわからないと思うけどオレもさっぱりわからない。

PL学園、最後の夏。涙のラストミーティング!

スポーツ
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高校野球の歴史にガッチリ名を刻んでいる名門校はごく一握り。.

その中でもPL学園は高校野球ファンには忘れることのない名門校だ。

今大会限りでPL学園は休部に入る。来年からはPL学園のいない高校野球になる。

夏の甲子園優勝4回は、大阪桐蔭と並び、全国第4位の優勝回数。勝利数も48勝で4位。(春も優勝4回で3位、48勝で3位)

ということで、甲子園史上5本の指に入る名門校ということだ。

 

記憶に残る名勝負と言えば、1978年第60回大会決勝戦、高知商との激闘。0-2でむかえた9回裏、奇跡の逆転サヨナラで初優勝。実はその前の中京との準決勝でも0-4で敗色濃厚であったが9回裏同点に追いつき、延長でサヨナラ勝ちした。

このときから「逆転のPL」と言われた。その3年後の春の大会決勝でも印旛高校に0-1から9回裏逆転サヨナラ勝ちして優勝した。

その他にも第80回大会、敗れはしたが松坂の横浜高校との延長17回の激闘。

甲子園史上に残る名勝負を残していたのです。

 

一時は、阪神よりPL学園の方が強いんじゃないか?なんてことも言われるくらい黄金期を持っていた。

KKコンビはここで言うまでもなく、プロ野球界に輩出した部員はその後日本の球界を代表する選手が多かった。日本のプロ野球を支えたともいえる。

まさに栄枯盛衰だ。

その最後の夏が今日終わった。

 

11人の登録メンバーの中で投手を務められる選手の右肩故障。試合前日の14日には、練習中に主力が骨折して、実質9人での戦いを強いられた。それでも、2011年に大阪大会を制して夏の甲子園に出場した強豪東大阪大柏原相手にあと一歩及ばなかった。実際に現地で見たわけではないが、最後にふさわしいいい試合だったのではないでしょうか。

今日はOBらもラストになるかもしれないPL学園を見に集結した。

青春の思い出がいっぱいつまった母校野球部がなくなるなんて寂しいことと想像できますが、当の本人たちは私たちには計り知れない感慨深いものがあるでしょう。いち高校野球ファンとしても寂しいのですから。

 

甲子園だけが高校野球じゃない。地方予選に涙と汗のすべてがある。俺はいつもそう思っている。

今日、PL学園のラストミーティングとなってしまった。

どんなミーティングだのだろう。涙、涙だろうな。

廃部とは言わず休部。休部はいつか復活するということです。